釈尊の説く道「八正道」

八正道の実践

これまでの教えは、すべて釈尊の悟った「縁起の理法」の実践としてのものでしたが、釈尊は、自分のさとりの内容を語るだけでなく、実際に正しいさとりを得るためにはどうしたらよいのか、その具体的な方法についても教えています。

それはつしようどうが「八正道」といわれるもので、釈尊自身が亡くなるときに、

 

「私は、ずっと八正道を心がけてあゆんできた。

八正道の実践を通じて智慧を体得する以外に『道』はない。

努めよ。精進せよ。」

と遺言しているように、

現代でも、日常生活にしりつぱろ企業の経営にしろ、すべてに適用できる立派な指針となっています。

八正道の内容は、
一、正見:::正しく真実の姿を見すえる。
二、正思……正しく本当のところを考える。
正しく見て、それをよく考えるlこの「間」
即ち、心のゆとりが大切なのです。
三、正語……正しい言葉で、正しく語る(よい
ことは人に伝え、人をも楽しませ
よう、という意味も含む)。

四、正業……正しい行動、行為をする。
五、正命……正しい生活をする(世のため、人
のために尽くす)。
六、正精進…身心を整え、健康に留意して、正
しい努力をする。
七、正念.:…正しい信念をもち、希望に燃える
(暗い、うしろ向きの思いは捨て
ること)。
八、正定……以上のことを常に正しく守れるよ
うに、身心をおちつける。

ということです。こう見てくると、苦を断ち切り、正しいさとりを得るための具体的な実践は、

非常に現実的な教えであることがわかります。

 

特別な修行をしたり、特別な学問をすることではありません。

釈尊の教えが非常に今日的なことも、

このように具体的で現実的なものであるからでしょう。

 

自分自身を戒める「戒」

釈尊の教えが普及し、釈尊を中心とする修行者や在家の信者たちが増えてくると、いかに釈尊の弟子とはいえ、人間の集団ですから、男女間の問題、人殺し、盗みなど、さまざまな事件もおきてきました。

その都度、釈尊は、これはこうであるとか、これはこうしてはならない、というように定めてゆきました。

一つ一つの問題に応じ、事件子〃いはんずいせいがおきるたびに定めたので、随犯随制といいます。

釈尊は、人間の弱さを知っていたのです。

すぐ安楽の道を選び、欲望や一時の感情に流されて、自分でも思ってもいない行為を発作的に行なってしまうのが人間です。

そこで、いろいろの「きまり」を決め、それを唱えさせることによって、自分自身を戒めるようにしたのです。

「戒」というのは、傾向、習慣、成り行き、癖という意味で、はじめは釈尊とその少数の弟子たちの日常が戒だったのですが、大勢になり、自分で自分をコントロールできない人が出てきたので、こうした「きまり」という形になったのです。

 

 

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